やがて『量産化』になる

どうも、管理人のドングリコロコロです。

さて皆さんは過去に、とても美味しかった料理やお酒を口にして、

とても感動して、どうしても忘れられずその記憶をたどって何年かぶりに

再び口にすると、その味は全く別物であるかのように変わり果ててしまい、

自分が記憶している感動を与えてくれたものとは、

似ても似つかない全く別物である!

といった苦い経験をした事は無いでしょうか?

一体なぜそのような事残念な出来事がが起きるのか?

管理人なりの見解を書いていきます。

最初は良かった・・・

ある所にとても優秀な料理人(または酒職人など・・・)がいました。

その人の作るモノはとても優秀で、誰もが評価を惜しみませんでした。

その人の作品の評判は瞬く間に世間に広がり、

その人が作るモノに対して、注文が殺到し連日大盛況でした。

その人は求められる需要に答えようと、連日休む間もなく

生産し続けます。

しかしそれでも全く供給が供給が追い付きません。

溜まり兼ねたその人は何とか増産しようと弟子を取り、

人材育成に取り組もうとします。

『優秀』である由縁

『優秀』である、という事は特別に優れて秀でているという事です。

当たり前の話ですがほとんどの人は『優秀』ではなく、

何処にでも居る普通の存在です。

誰もが『優秀』であるわけではなく、だからこそ『優秀』である事に、

価値が生まれるわけです。

話を戻すと、優秀な人材というのは、そうそう存在するものではなく、

また簡単に育てられるワケでもありません。

『優秀』な人材がみつかり、育つまで増産を待てればいいのですが、

残念ながらほとんどの場合、その前に増産に踏み切らざる負えなくなります。

そして『量産化』になる

従来の品質の高いモノというのは、『優秀』な人間が

持てる才能と技術を駆使して、初めて成り立っていたわけです。

やがて、一般の人間にも出来るようにマニュアル化されたものは、

今までのモノでは、似て非なるモノとなってしまいます。

言い変えれば『プロトタイプ』ではなく『量産型』という事です。

(赤色ではなく、緑色ということです、わかるかな!?)

原因は増産だけではない

このような事は、素材についても同じ事が言えます。

『優秀』な素材というのは、もちろん数少ないわけで、

いつでも誰にでも入手できるわけではなく、

優れた目利きの元で厳選され続けて

初めて『優秀』な素材の品質が保たれるわけです。

「増産します」と言っても、そうやすやすとあるものではありません。

そうでないにしても、いかに『優秀』な人間でも、

いずれは、第一線を退く日が来ます。

そんなとき、同じくらい『優秀』な後継者がいればいいのですが・・・

まとめ

昔、とても気にいっていたお酒がありました。

管理人がそのお酒を知った時はまだ知名度が低く、

値段も手ごろで手に入りやすく味も香りも素晴らしいモノでした。

しかし、みるみる知名度が上がり、それに伴い入手が困難になってきました。

しばらくして流通量が増えたのか、手に入りやすくなり、

久々にそのお酒を飲んでみたら、以前のそれとは正に似て非なるモノでした。

お酒に限らず、食品や飲食店でもこのような残念な経験をした事は、

少なからず皆さんもあるのではないでしょうか?

最後まで、ご賢覧ありがとうございました。

この文章が、読んで頂いた方の少しでもお役に立てれば光栄です。

意見、感想、『希望のテーマ』等ございましたらお寄せ下さい。

今後の更新の参考にさせて頂きます。

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カテゴリー:日本

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